世界の光・親鸞聖人の教えを世界に!
夢は大きく、現状には厳しい目を!
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1月10日の中外日報に掲載された記事です。
西本願寺宗会の桑羽隆慈議長の談話。
「(今後の宗会運営は)難しいでしょう。
大遠忌も目前に迫っている。
いつまでも政争に明け暮れている場合ではない」
はからずも、今の宗会が、政争に明け暮れていることを
自ら告白されたのでした。
宗門の現状を考えたとき、まさに「政争に明け暮れている
場合ではない」のは、明白でしょう。
西本願寺宗会の桑羽隆慈議長の談話。
「(今後の宗会運営は)難しいでしょう。
大遠忌も目前に迫っている。
いつまでも政争に明け暮れている場合ではない」
はからずも、今の宗会が、政争に明け暮れていることを
自ら告白されたのでした。
宗門の現状を考えたとき、まさに「政争に明け暮れている
場合ではない」のは、明白でしょう。
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久しぶりに、「みほとけとともに 西本願寺の時間」について
ふれておきましょう。
「くらしの仏教語」と題して、辻本敬順氏でした。
1回目がとても反響があったと、2回目で自画自賛、まあそれは
よいとしても、種々述べてこられた最後に、
「何らかのご縁で、仏教思想の地下水を汲み出して、潤いのある
生活ができるようにいたしましょう」
とのご発言。
それはないでしょう。たしかに、潤いのある生活はいいですが、
それが仏教の目的ですか。浄土真宗の目的ですか。生死の一大事
解決を果たし、報土往生こそが目的であって、副次的に、この世
の生活が「光明の広海」に一変することはあるとしても、とにかく
潤いのある生活ができるように、ということが主たる目的になっ
てしまったのは、いかがなものでしょう。
「歎異抄第二章」にもありますよね。
「おのおの十余か国の境を越えて、身命をかえりみずしてたずね
来たらしめたもう御志、ひとえに往生極楽の道をといきかんがた
めなり」
遠く関東から、徒歩で一ヶ月以上をかけて、京の親鸞聖人のもと
へはせ参じたのは、「往生極楽の道」一つをお聞きするためであ
りました。
「仏教思想を、汲み出して、潤いのある生活に」とは、何とまた
ノンビリしたお話ですこと!
ふれておきましょう。
「くらしの仏教語」と題して、辻本敬順氏でした。
1回目がとても反響があったと、2回目で自画自賛、まあそれは
よいとしても、種々述べてこられた最後に、
「何らかのご縁で、仏教思想の地下水を汲み出して、潤いのある
生活ができるようにいたしましょう」
とのご発言。
それはないでしょう。たしかに、潤いのある生活はいいですが、
それが仏教の目的ですか。浄土真宗の目的ですか。生死の一大事
解決を果たし、報土往生こそが目的であって、副次的に、この世
の生活が「光明の広海」に一変することはあるとしても、とにかく
潤いのある生活ができるように、ということが主たる目的になっ
てしまったのは、いかがなものでしょう。
「歎異抄第二章」にもありますよね。
「おのおの十余か国の境を越えて、身命をかえりみずしてたずね
来たらしめたもう御志、ひとえに往生極楽の道をといきかんがた
めなり」
遠く関東から、徒歩で一ヶ月以上をかけて、京の親鸞聖人のもと
へはせ参じたのは、「往生極楽の道」一つをお聞きするためであ
りました。
「仏教思想を、汲み出して、潤いのある生活に」とは、何とまた
ノンビリしたお話ですこと!
香川県丸亀市の本願寺塩屋別院で、昨年12月14日、ベートーベン
の交響曲第九番「歓喜の歌・合唱付」のコンサートが行われました。
地元では、年末の風物詩として、新聞にも取り上げられています。
→→四国新聞の記事です
メロディは力強く、大人数で歌い上げるところは、音楽的には評価も
されましょうが、当ブログとしては、
「これを、なぜ真宗寺院で、歌わねばならないのか!」
と言っておきます。
由来は、上記のリンクをご覧いただけばお分かりの通りですが、戦時中
のことゆえ、いろいろな事情もあったでしょう。
しかし、問題は、「歓喜の歌」の歌詞です。
以下は、神崎正英さんの試訳から引用させていただきます。
→→「歓喜の歌」神崎正英さんの大変詳細な解説はコチラです
試訳
1.喜びよ、美しい神々の閃光よ
楽園の世界の娘よ
私たちは足を踏み入れる、炎に酔いしれつつ
天なるものよ、あなたの聖所へと
2.略
3.あなたたちはひざまづくのか、何百万の人々よ?
おまえは、創造主を感じるか、世界よ?
彼を星の輝く天幕の彼方に探せ!
星の彼方に彼はいるに違いない
4.朗らかに、創造主の恒星たちが飛び回るように
壮大な天空を駆け抜けて
進め、兄弟よ、おまえたちの行く道を
喜びに満ちて、勝利に向かう英雄のように!
5.堪え忍べ、勇気を持って、何百万の人々よ!
堪え忍べ、よりよい世界のために!
星の輝く天幕のかなたの天国で
おおいなる神が報いてくれるだろう
6.人が神々に報いることはできない
しかし神々に倣うのはすばらしいことだ
兄弟よ - 星の輝く天幕のかなたでは
神が裁く、我々がどう裁いたかを
7.以下略
と、まあこんな感じなんですよ。
「神」「創造主」をたたえ、その「神」への信仰をすすめる
こんな歌を、なぜ浄土真宗の寺院で、歌わねばならないのか。
親鸞聖人は仰せです。
「一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり」(御伝抄)
弥陀一仏に向き、さらに余の方へ心をふらず、とも蓮如上人
仰せであります。
そこへもってきて、外道の神をたたえる歌を、よりによって
本願寺別院で歌うとは、よくこれを今まで本山は許してきたと
思いますよ。
よくよくご考慮されたし!
の交響曲第九番「歓喜の歌・合唱付」のコンサートが行われました。
地元では、年末の風物詩として、新聞にも取り上げられています。
→→四国新聞の記事です
メロディは力強く、大人数で歌い上げるところは、音楽的には評価も
されましょうが、当ブログとしては、
「これを、なぜ真宗寺院で、歌わねばならないのか!」
と言っておきます。
由来は、上記のリンクをご覧いただけばお分かりの通りですが、戦時中
のことゆえ、いろいろな事情もあったでしょう。
しかし、問題は、「歓喜の歌」の歌詞です。
以下は、神崎正英さんの試訳から引用させていただきます。
→→「歓喜の歌」神崎正英さんの大変詳細な解説はコチラです
試訳
1.喜びよ、美しい神々の閃光よ
楽園の世界の娘よ
私たちは足を踏み入れる、炎に酔いしれつつ
天なるものよ、あなたの聖所へと
2.略
3.あなたたちはひざまづくのか、何百万の人々よ?
おまえは、創造主を感じるか、世界よ?
彼を星の輝く天幕の彼方に探せ!
星の彼方に彼はいるに違いない
4.朗らかに、創造主の恒星たちが飛び回るように
壮大な天空を駆け抜けて
進め、兄弟よ、おまえたちの行く道を
喜びに満ちて、勝利に向かう英雄のように!
5.堪え忍べ、勇気を持って、何百万の人々よ!
堪え忍べ、よりよい世界のために!
星の輝く天幕のかなたの天国で
おおいなる神が報いてくれるだろう
6.人が神々に報いることはできない
しかし神々に倣うのはすばらしいことだ
兄弟よ - 星の輝く天幕のかなたでは
神が裁く、我々がどう裁いたかを
7.以下略
と、まあこんな感じなんですよ。
「神」「創造主」をたたえ、その「神」への信仰をすすめる
こんな歌を、なぜ浄土真宗の寺院で、歌わねばならないのか。
親鸞聖人は仰せです。
「一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり」(御伝抄)
弥陀一仏に向き、さらに余の方へ心をふらず、とも蓮如上人
仰せであります。
そこへもってきて、外道の神をたたえる歌を、よりによって
本願寺別院で歌うとは、よくこれを今まで本山は許してきたと
思いますよ。
よくよくご考慮されたし!