世界の光・親鸞聖人の教えを世界に!
夢は大きく、現状には厳しい目を!
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平成23年にせまった、宗祖の750回忌では、真宗十派が合同で
イベントを開催しようという計画が進行中であることが、中外日報
に紹介されました。
本派や、大谷派のように、そこそこの数が見込める派は別として
も、その他の各派は、単独で、大行事を企画することは困難です。
そこで、十派協力して、みんなで盛り上げていこう、との企画で
あります。
具体的には、聖人ゆかりの品を一堂に展示して、美術展をひらく
ことらしいのですが、はたして、そんなことで、宗祖がお喜びにな
るかどうか。
もちろん、数々の絵巻物、揮毫等には、美術的価値があることも
認めます。しかし、美術品として鑑賞するのでなく、あくまで仏法
を聞かせていただくご縁としなければ、宗祖の御心に反するのでは
ないでしょうか。
本派だけでなく、各派のみなさま、どうかご一考ください。
イベントを開催しようという計画が進行中であることが、中外日報
に紹介されました。
本派や、大谷派のように、そこそこの数が見込める派は別として
も、その他の各派は、単独で、大行事を企画することは困難です。
そこで、十派協力して、みんなで盛り上げていこう、との企画で
あります。
具体的には、聖人ゆかりの品を一堂に展示して、美術展をひらく
ことらしいのですが、はたして、そんなことで、宗祖がお喜びにな
るかどうか。
もちろん、数々の絵巻物、揮毫等には、美術的価値があることも
認めます。しかし、美術品として鑑賞するのでなく、あくまで仏法
を聞かせていただくご縁としなければ、宗祖の御心に反するのでは
ないでしょうか。
本派だけでなく、各派のみなさま、どうかご一考ください。
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いやあ、中外日報を見て、ビックリしましたね。すわっ、また暴漢乱入か!
いえいえ、これは、昨年のような不法侵入男を想定して、本願寺本山の職員
が、防犯訓練をしているようすでした。さすまたを手に、暴漢を取り押さえる
練習だったのですね。
でも、またああいう輩が、いつ侵入してくるかわからない、あぶなっかしい
ご時世ですので、警戒するにこしたことはないでしょう。
あの事件は、靖国問題で抗議した男の乱入だったのですが、なぜか新聞では
「ヤスクニ問題」と、カナ書きにしてあります。これ、なんで?
とはいえ、戦前・戦中と、国家権力にすり寄って、宗派を挙げて戦争遂行に
全面協力し、御門徒を戦場に駆り立てた、あの大罪、あらためて重大だったと
知らされます。
「余の人々を縁として、念仏をひろめんと、はからいあわせたもうこと、
ゆめゆめあるべからず」(御消息集)
権力者、為政者の力を借りたり、利用したりして、仏法をひろめようなどとは
決して考えてはならないぞ、と宗祖親鸞聖人は仰せです。
先の戦争で、権力者に恫喝されて、「教行信証」の中の、天皇批判の一文を
あっさり削ったり、敗戦後は元に戻したり。宗祖の決死の一文なのに、おのれの
保身のため、何ということをしたのか。
今、その頃の門主の消息を、聖教同等の扱いから外そう、という宗制改正案
が提出されていますが、今さらそんな対処をしたとて、犯した大罪は消えない
のです。
右翼の者からすれば、「お前ら、あの時、あんなに協力し、一緒に戦争を推進
しておりながら、今になって、靖国反対とは、なにごとか」とでも怒っている
のでしょうか。
いや、頭の中は、もっと単純かも知れませんが。
おっと、こんなことを書いていると、またぞろ右翼ににらまれて、本山に
暴れこむかも知れません。つるかめ、つるかめ。
いえいえ、これは、昨年のような不法侵入男を想定して、本願寺本山の職員
が、防犯訓練をしているようすでした。さすまたを手に、暴漢を取り押さえる
練習だったのですね。
でも、またああいう輩が、いつ侵入してくるかわからない、あぶなっかしい
ご時世ですので、警戒するにこしたことはないでしょう。
あの事件は、靖国問題で抗議した男の乱入だったのですが、なぜか新聞では
「ヤスクニ問題」と、カナ書きにしてあります。これ、なんで?
とはいえ、戦前・戦中と、国家権力にすり寄って、宗派を挙げて戦争遂行に
全面協力し、御門徒を戦場に駆り立てた、あの大罪、あらためて重大だったと
知らされます。
「余の人々を縁として、念仏をひろめんと、はからいあわせたもうこと、
ゆめゆめあるべからず」(御消息集)
権力者、為政者の力を借りたり、利用したりして、仏法をひろめようなどとは
決して考えてはならないぞ、と宗祖親鸞聖人は仰せです。
先の戦争で、権力者に恫喝されて、「教行信証」の中の、天皇批判の一文を
あっさり削ったり、敗戦後は元に戻したり。宗祖の決死の一文なのに、おのれの
保身のため、何ということをしたのか。
今、その頃の門主の消息を、聖教同等の扱いから外そう、という宗制改正案
が提出されていますが、今さらそんな対処をしたとて、犯した大罪は消えない
のです。
右翼の者からすれば、「お前ら、あの時、あんなに協力し、一緒に戦争を推進
しておりながら、今になって、靖国反対とは、なにごとか」とでも怒っている
のでしょうか。
いや、頭の中は、もっと単純かも知れませんが。
おっと、こんなことを書いていると、またぞろ右翼ににらまれて、本山に
暴れこむかも知れません。つるかめ、つるかめ。
先日の毎日新聞に、「西本願寺が、宗制改正を宗会で検討」という記事が
掲載されていました。中外日報ではなく、一般紙でも注目するというところに、
実はこの問題の広がりがあるのです。
昔から、宗教問題に、なかんずく浄土真宗の問題に深く切り込んだ記事を
載せるのが、『毎日新聞』でした。
かつて念仏論争のとき、論説で、「真宗 なぜ答えぬ」という大見出しで
現今の真宗十派、中でも本派を批判しました。一瞬、この見出しを見たとき、
あの浄土真宗親鸞会発行の図書、
「本願寺 なぜ答えぬ」(高森顕徹著)のことを、思い出してしまいましたよ。
教科書での浄土真宗に関する記述の問題でも、読者の投書欄で、ながらく論争が続きました。
無仏無法の現代とはいえ、多くの人の心に親鸞聖人が生き、お念仏を尊び、
心の支えとしているからこそ、この問題は、世間の耳目を集めずにはおかない
のでしょう。
さすれば、宗門も、その世間から遊離し、乖離したところで、空理空論を
もてあそんでいる場合ではない、真剣に、宗勢を建て直し、現代人の心に、
弥陀の願心を、届けねばならないでしょう。
引き続き、真剣な議論を期待したいと思います。
掲載されていました。中外日報ではなく、一般紙でも注目するというところに、
実はこの問題の広がりがあるのです。
昔から、宗教問題に、なかんずく浄土真宗の問題に深く切り込んだ記事を
載せるのが、『毎日新聞』でした。
かつて念仏論争のとき、論説で、「真宗 なぜ答えぬ」という大見出しで
現今の真宗十派、中でも本派を批判しました。一瞬、この見出しを見たとき、
あの浄土真宗親鸞会発行の図書、
「本願寺 なぜ答えぬ」(高森顕徹著)のことを、思い出してしまいましたよ。
教科書での浄土真宗に関する記述の問題でも、読者の投書欄で、ながらく論争が続きました。
無仏無法の現代とはいえ、多くの人の心に親鸞聖人が生き、お念仏を尊び、
心の支えとしているからこそ、この問題は、世間の耳目を集めずにはおかない
のでしょう。
さすれば、宗門も、その世間から遊離し、乖離したところで、空理空論を
もてあそんでいる場合ではない、真剣に、宗勢を建て直し、現代人の心に、
弥陀の願心を、届けねばならないでしょう。
引き続き、真剣な議論を期待したいと思います。