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世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
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三業惑乱
瑞泉寺の門

 中外報道のように、宗会で「三業惑乱の見直し必要でないか」
との質疑がありました。この問題提起をうけ、三業惑乱について、
見てきました。
 一応、今回でまとめとします。

◆十劫安心の特徴とその誤り

・「求める必要はない」
   これでは、「たとい大千世界にみてらん火をもすぎゆきて
  仏の御名をきくひとはながく不退にかなうなり」(親鸞聖人)
  「仏法は世間の隙(仕事)をやめて聞け」(蓮如上人)と、
  真剣な聞法求道をすすめておられる親鸞聖人、蓮如上人の
  教えに反します。

・「弥陀の救いは、いつとはなし」
   「他力の信心ということをば、今こそ明らかに知られたり」
  と告白されている蓮如上人のお言葉に反します。

・「この世で助かったということがない」
   みんなすでに助かっている、この世で助かったということ
  はない、という。これでは、「愚禿釈の鸞、建仁辛酉の暦、
  雑行を棄てて、本願に帰す」「選択の願海に転入せり」と
  言われている親鸞聖人の教えに反します。

◆三業安心の特徴と誤り

・「信心獲得を強調する」
   これは誤りではないし「信心」の強調し過ぎはありません。
  しかし、信心獲得を強くすすめると「では、どうすれば獲信
  できるのか」という焦りから、いろいろのことが問題になり
  詮索されるようになってきます。

・「いつ獲信したか」
・「どこで獲信したか」
・「どの知識の下で獲信したか」
・「どのようにして獲信したか」
   「こうだった」「ああだった」と自慢げに具体的な体験談
  を語るようになります。このような体験を語ることを「機相
  で信心を語る」といわれます。機相とは人間の三業のことで
  あり、三業は一人一人異なります。「いつ」「どこで」「ど
  の知識の下で」「どのように」などは、各人各様のものです。
   親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人がたは、どこにも記されて
  いないことです。
  「信相でのみ語られています」。
   信相で語るとは、万人の普遍的な表現をいいます。
   万人共通のことのみを語られています。いつの時代でも変
  わらぬ普遍的な説き方で、信前・信後を明らかに教えられて
  います。これが、浄土真宗の教えであり、信心であります。

   ではなぜお三方は、機相(三業)で信心を語られなかった
  のでしょうか。
   それは弥陀から賜る絶対他力の信心は、「いつ」「どこで」
  「どのように」など各人各様の機相(三業)で語れるもので
  はないからです。
   機相で語るのは、その程度の信仰ということであります。

 これらの邪悪に同朋を迷わせては如来聖人に申し訳がありません。
親鸞聖人の教えを真剣に聞法し、信心の沙汰をして、お互いの聞き
誤りを正し、光に向かって進ませていただかねばなりません。
「十劫安心」と「三業安心」いずれも親鸞学徒は徹底的に打ち破り、
真実信心を明らかにする使命のあることを、片時も忘れてはならな
いでしょう。

 次回からは、また別の話題に行きます。   
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 連載の途中ですが、タイムリーな話題なので、割り込みます。

 NHKクローズアップ現代で、4月8日「有料老人ホーム・
トラブル続出」という特集を組んでいました。
 2000年以降、全国で4070以上の有料老人ホームが建設
されましたが、そのうち469件で、経営者の交代、譲渡などが
あったそうです。
 番組では、その交代、譲渡、場合によっては、突如の閉鎖によ
って、住んでおられる高齢者の方が、たいへんな不利益を受けて
おられることを、紹介していました。
 千葉のあるホームでは、入居一時金3000万円、月に14万
の入居費を払いながら、徐々に食事が減らされ、医療サービスが
激減し、館内の雨漏りなども、修繕してもらえないまま、3度目
の経営者の交代があった、とのことでした。

 西本願寺でも、高齢者向けのさまざまなサービスを展開して、
宗門あげての一大事業になりつつありますが、安易に乗り出して
経営破たんし、入居者に迷惑をかける事態になっては、大変です。
 宗会でも議論されていたように、大きな額の予算を、というこ
とは、ご門徒からの浄財を使わせていただいて、実施していくの
ですから、よほど留意していかねばならないと思います。

 提言を一つ。
 西本願寺が、宗門あげて行うのですから、一般のホームには、
絶対できない最上のサービスができるはずです。
 それは、世界の光、全人類の光である、宗祖親鸞聖人の無上
の妙法を、毎日、懇切丁寧に、聞かせていただける、というこ
とです。
 落語や、漫才、浪曲、なども、一時の慰安ではありましょう
が、本願寺ならではのサービスが、なされなければ、宗門で、
この事業を行う意味はないでしょう。

 つい最近は、違法建築の老人ホームで、こんなこともありま
した。こうなっては、大変です。
三業惑乱
瑞泉寺の門

 中外日報にも報じられているように、宗会にて、「三業惑乱
は、暗黒裁判だったという批判もある。歴史的に見直すことは
必要でないか」という質問があり、「慎重に」という答弁もあ
りました。
 せっかく、そういう問題提起がありましたので、その三業惑
乱について、見てきております。

 三業惑乱の発端は、越前を中心に、日本全国に広まっていた
「十劫安心」または「無帰命安心」といわれる異安心を正そう
としたところにありました。
 「十劫安心」を叩けば、自力の信仰の振り子は、反対側の、
「三業帰命」に振れるのです。
 ですから、「十劫安心」の異安心についても、よく知ってお
かねばなりません。

 これは、弥陀の十劫正覚、すなわち、法蔵菩薩が十劫の昔、
南無阿弥陀仏を成就して、阿弥陀仏となれらたことから、
「十劫の昔に、われわれはすでに助かってしまっているのだか
ら、今さら求めることも、聞き歩くこともいらない。死ねば、
みな極楽へ往生できるのだから、ご恩報謝のお念仏の生活を、
させていただきましょう」
というものです。

 すでに皆、助かってしまっている、という安心、信心ですが、
それは、たとえば、このような話を、聞いたことありませんか?

「コップにお水を入れる、いっぱい入った上にまだ注いだら
 こぼれます。最初のひとしずくがこぼれるということは、
 もうすでにコップにいっぱいのお水が入っているというこ
 となんだ。

  私の口から南無阿弥陀仏というお念仏がこぼれ出てくだ
 さっているということは、遠い遠い昔から南無阿弥陀仏と
 はたらいてくださった如来さまのお慈悲が、もうこの体に
 いっぱい詰まってしまってどこへも入りきらないようにな
 っているから、こぼれ出てくださってあるんやでと教えて
 くださいました。

  ですから、この口に南無阿弥陀仏と出てくださるとき、
 すでに阿弥陀さまのはたらきの中にあったと気づかしてい
 ただけたらと思います」
 (小林 顯英氏の法話より 
   大阪府法栄寺/本願寺派布教使
 2008年10月第1週「ともに居ますを佛という」)
原文はこちらで確認してください

 こんな話、小林氏だけでなく、他でもよく聞かれるのでは
ないでしょうか。
(つづく)
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