世界の光・親鸞聖人の教えを世界に!
夢は大きく、現状には厳しい目を!
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本願寺派宗会にて、藤岡議員より、こんな質問が出たと、中外日報
が報じていました。
「熊本で、かつて三業惑乱の時、寺社奉行によって不正義として処罰
された寺院があった。これらが、熊本別院設立に際しての反対運動
が起こったとき、宗派を離脱した。
しかし、750回忌を機に、復帰を認めてはどうか」
これには、不二川総長は、地元の調整が必要とのべるにとどまりました。
さらに藤岡議員は、
「三業惑乱には、暗黒裁判との批判もある。純粋な歴史観において
見直す考えはないか」
と質問しましたが、橘総務は、「慎重に検討したい」とだけ答えました。
さて、この「三業惑乱」については、本派の歴史上、最大の惑乱、
騒乱でありましたので、しばらく、連続して、取り上げていきたいと
考えております。
皆様、よろしくお願いします。
が報じていました。
「熊本で、かつて三業惑乱の時、寺社奉行によって不正義として処罰
された寺院があった。これらが、熊本別院設立に際しての反対運動
が起こったとき、宗派を離脱した。
しかし、750回忌を機に、復帰を認めてはどうか」
これには、不二川総長は、地元の調整が必要とのべるにとどまりました。
さらに藤岡議員は、
「三業惑乱には、暗黒裁判との批判もある。純粋な歴史観において
見直す考えはないか」
と質問しましたが、橘総務は、「慎重に検討したい」とだけ答えました。
さて、この「三業惑乱」については、本派の歴史上、最大の惑乱、
騒乱でありましたので、しばらく、連続して、取り上げていきたいと
考えております。
皆様、よろしくお願いします。
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仏教総合研究所の編集で、ダイヤモンド社から発行されている
季刊誌『ジッポウ』ですが、昨年秋の第7号で、止まったままに
なっていました。
このほど、内容を全面的にあらためて、第8号で復刊される、
と、中外日報で報じられていました。およそ、6月ごろをめどに
進んでいるようです。
創刊号から第7号まで、平均売り上げ部数は約4500冊どまり。
各号とも、15,000冊前後が、在庫となっている状況です。
ふつうの雑誌社なら、速攻で廃刊を決めるところでしょう。つい
でに、編集責任者は責任を取ることになるところですが、そうは
ならなかったようです。
本多隆朗総務は答弁で、
「内容を改め、ページ数を減らし、手ごろな価格に設定する」
と述べています。
さて、どう内容が改まるのか、注目しましょう。
季刊誌『ジッポウ』ですが、昨年秋の第7号で、止まったままに
なっていました。
このほど、内容を全面的にあらためて、第8号で復刊される、
と、中外日報で報じられていました。およそ、6月ごろをめどに
進んでいるようです。
創刊号から第7号まで、平均売り上げ部数は約4500冊どまり。
各号とも、15,000冊前後が、在庫となっている状況です。
ふつうの雑誌社なら、速攻で廃刊を決めるところでしょう。つい
でに、編集責任者は責任を取ることになるところですが、そうは
ならなかったようです。
本多隆朗総務は答弁で、
「内容を改め、ページ数を減らし、手ごろな価格に設定する」
と述べています。
さて、どう内容が改まるのか、注目しましょう。
先日、あるご法座でのこと。
その日は、親鸞聖人の「凡夫というは、無明煩悩われらが身に
みちみちて、欲も多く、いかり腹立ち、そねみねたむ心多くひま
なくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず消えずたえず」
というお言葉を通しての、話をさせていただきました。
ある年輩の男性の方が、聞かれました。
「ボランティアというのは、どの煩悩になりますか」
財欲ではないですね、これは名誉欲ということになりましょう
か、と話をしますと、
「いや、私は、他人に褒められたいという心なんかで、やってい
るのではない」
と、言われました。さて、次、どうお話しすれば、わかってもら
えるかと思っていますと、別の年輩の男性が間髪入れずに、
「私も、初めはそう思ってやっているんだが、残念ながらその心
が、続かんのだ」
と言われます。最初の男性も、
「そういえば、そうですねえ」
と同意され、その後の説明にも、納得されて帰られました。
蓮如上人は、「会合の座中において、信心の沙汰をすべし」と
おすすめです。聞かせていただいた聖人の教えについて、大いに
語り合うことが、やはり大切だと、強く知らされたご縁でした。
その日は、親鸞聖人の「凡夫というは、無明煩悩われらが身に
みちみちて、欲も多く、いかり腹立ち、そねみねたむ心多くひま
なくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず消えずたえず」
というお言葉を通しての、話をさせていただきました。
ある年輩の男性の方が、聞かれました。
「ボランティアというのは、どの煩悩になりますか」
財欲ではないですね、これは名誉欲ということになりましょう
か、と話をしますと、
「いや、私は、他人に褒められたいという心なんかで、やってい
るのではない」
と、言われました。さて、次、どうお話しすれば、わかってもら
えるかと思っていますと、別の年輩の男性が間髪入れずに、
「私も、初めはそう思ってやっているんだが、残念ながらその心
が、続かんのだ」
と言われます。最初の男性も、
「そういえば、そうですねえ」
と同意され、その後の説明にも、納得されて帰られました。
蓮如上人は、「会合の座中において、信心の沙汰をすべし」と
おすすめです。聞かせていただいた聖人の教えについて、大いに
語り合うことが、やはり大切だと、強く知らされたご縁でした。