世界の光・親鸞聖人の教えを世界に!
夢は大きく、現状には厳しい目を!
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
宗教法人幸福の科学が政界進出のため、設立した政党、
幸福実現党は、全国の小選挙区に候補者を擁立するなどと
して、既に活動を始めていましたが、このたび、撤退する
ことを発表しました。
当初から、自分たちで政党を立てるか、どこかの保守政
党を応援するか、を考えていた、とのことで、今回は後者
を選択することになった、とか。
じゃあ、全国各地に立ち並んだ、あの派手派手しいポスター
は、いったい何だったのか?
最近は、大川きょう子党首のポスターだけでなく、宗教
法人のほうの主である、中川隆、じゃなかった、大川隆法
氏のポスターまで、なぜか張り出されていて、いよいよ、
これは政教一致じゃないか、って憤懣も出始めていたので
すが、結局は、撤退、ということ。
ただ、目だちたい、ポスターを貼りたかっただけじゃない、
なーんて悪口言う人もいますが、まあ、そこまでひどくは
ないでしょうが、朝令暮改もいいとこ。単なる思い付きで
政治に首つっこむな、の声も聞こえてきます。
ともあれ、幸福実現党は、撤退、だそうです。
幸福実現党は、全国の小選挙区に候補者を擁立するなどと
して、既に活動を始めていましたが、このたび、撤退する
ことを発表しました。
当初から、自分たちで政党を立てるか、どこかの保守政
党を応援するか、を考えていた、とのことで、今回は後者
を選択することになった、とか。
じゃあ、全国各地に立ち並んだ、あの派手派手しいポスター
は、いったい何だったのか?
最近は、大川きょう子党首のポスターだけでなく、宗教
法人のほうの主である、中川隆、じゃなかった、大川隆法
氏のポスターまで、なぜか張り出されていて、いよいよ、
これは政教一致じゃないか、って憤懣も出始めていたので
すが、結局は、撤退、ということ。
ただ、目だちたい、ポスターを貼りたかっただけじゃない、
なーんて悪口言う人もいますが、まあ、そこまでひどくは
ないでしょうが、朝令暮改もいいとこ。単なる思い付きで
政治に首つっこむな、の声も聞こえてきます。
ともあれ、幸福実現党は、撤退、だそうです。
PR
8月26日、滋賀県米原市で行われる「親鸞聖人鑽仰会記念大会」を
案内した、S県T町のC寺の寺報74号に、こんな文章がありました。
「礼拝・称名・憶念の三業を、その日々において、自分自身の生活
習慣行として身につけ、それを相続して深化していくならばやがて
確かに阿弥陀仏の声を聞くことができる、そういう聞名体験が成立
してまことの信心がひらかれてくるというわけです」
これだと、「自分自身の生活習慣行」という自力の行によって、
「まことの信心」=他力の信心をえられることになりはしませんか?
読まれた皆さん、いかがでしょう。
案内した、S県T町のC寺の寺報74号に、こんな文章がありました。
「礼拝・称名・憶念の三業を、その日々において、自分自身の生活
習慣行として身につけ、それを相続して深化していくならばやがて
確かに阿弥陀仏の声を聞くことができる、そういう聞名体験が成立
してまことの信心がひらかれてくるというわけです」
これだと、「自分自身の生活習慣行」という自力の行によって、
「まことの信心」=他力の信心をえられることになりはしませんか?
読まれた皆さん、いかがでしょう。
「優しさばかりでもいけないし、
厳しさばかりでもだめなのだ」
と、教えていただきます。
今回の、日本初の、裁判員裁判の記事を読みながら、思いました。
殺人、という恐ろしい行為に及ぶまでには、いろいろな経緯があり、
複雑な背後関係があったことでしょう。
あるいは、突発的なことかも知れません。
「それは、やむをえないなあ」と思うこともあれば、
「そんなことで、そこまでやるか?」と憤ることもあるでしょう。
今、それに対して、厳しく処罰すべきか、寛大な処置をするべきか、
裁判員になった人は、かなりしんどい判断を迫られたと思います。
相手に応じて、対処するのは、難しいことです。
だから、
「裁判員なんか、やりたくない」
と拒否する人が多いのも、うなずけます。
しかし、たとえ裁判員にならなくても、親ならば子供に対して、
上司なら部下に対して、先輩なら後輩に対して、キャプテンなら
チームのメンバーに対して、「今、ここは厳しくすべきか。優しく
接すべきか」の判断を、常に迫られます。
ともに仏法を求める法友に対しても、そうです。
たとえば、親鸞聖人は、弥陀の本願を聞き誤った者に対しては、
法友といえども、その誤りを厳しく正されたのが、34歳のときの、
三大諍論でした。
いっぽうで、仏法嫌いの日野左衛門に仏法を伝えるためには、
雪をしとねに、石を枕に休まれて、弥陀の本願を伝えられました。
とてもとても親鸞聖人には及びませんが、常に、感覚を磨き、
経験に学び、勉強していきたいと思います。
厳しさばかりでもだめなのだ」
と、教えていただきます。
今回の、日本初の、裁判員裁判の記事を読みながら、思いました。
殺人、という恐ろしい行為に及ぶまでには、いろいろな経緯があり、
複雑な背後関係があったことでしょう。
あるいは、突発的なことかも知れません。
「それは、やむをえないなあ」と思うこともあれば、
「そんなことで、そこまでやるか?」と憤ることもあるでしょう。
今、それに対して、厳しく処罰すべきか、寛大な処置をするべきか、
裁判員になった人は、かなりしんどい判断を迫られたと思います。
相手に応じて、対処するのは、難しいことです。
だから、
「裁判員なんか、やりたくない」
と拒否する人が多いのも、うなずけます。
しかし、たとえ裁判員にならなくても、親ならば子供に対して、
上司なら部下に対して、先輩なら後輩に対して、キャプテンなら
チームのメンバーに対して、「今、ここは厳しくすべきか。優しく
接すべきか」の判断を、常に迫られます。
ともに仏法を求める法友に対しても、そうです。
たとえば、親鸞聖人は、弥陀の本願を聞き誤った者に対しては、
法友といえども、その誤りを厳しく正されたのが、34歳のときの、
三大諍論でした。
いっぽうで、仏法嫌いの日野左衛門に仏法を伝えるためには、
雪をしとねに、石を枕に休まれて、弥陀の本願を伝えられました。
とてもとても親鸞聖人には及びませんが、常に、感覚を磨き、
経験に学び、勉強していきたいと思います。