忍者ブログ
世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
[660]  [657]  [659]  [658]  [656]  [655]  [654]  [653]  [652]  [651]  [650
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

先日書いた、銅像について、メールを頂きました。

「銅像というのは、そういうものでしょう。
  畏敬崇拝の念があるから、そのお姿を、多くの
 人に見てもらいたくて、銅像を建てるのでないか」

との趣旨でした。
 世間の、銅像に対する思いは、そうでしょう。
 しかし、それを、親鸞聖人に対して、当てはめて
よいか、という点を問題にしたのです。問題点が、
お分かりではなかったようで・・・。

 親鸞聖人の教えこそ、世界の光、全人類救済の
唯一の道、と尊崇するのなら、銅像建てるよりも、
親鸞聖人の正しい教えを、ひとことでも説けばよい
ではありませんか。

 銅像は立てても、正しい聖人の教えを、全く説いて
いない、諸寺の釈門に、先日は申し上げたのです。

 説いていない証拠には、御本尊からして、聖人の
ご教誨に違背しているではないですか。宗制でも、
「本尊 南無阿弥陀仏」と定められたというのに。
木像、絵像本尊のまま、そんな寺院ばかりです。

 最も大切な御本尊から聖人に違背していて、何が
「畏敬崇拝の念」でしょう。
 吹きっさらし、雨ざらしにしておいて、何が「畏敬
崇拝の念」でしょう。
 
 要は、親鸞聖人も、その説かれたみ教えも、大切に
する思いが、微塵もないからではないでしょうか?
PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
カレンダー
08 2017/09 10
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
忍者アド
このブログの中を検索できます
最新コメント
[02/07 NONAME]
[05/14 管理人]
[05/13 リーズル]
カウンター
アクセス解析
バーコード
このブログを携帯でご覧になる方は このコードを読ませてください。
プロフィール
HN:
TAXI
年齢:
56
性別:
男性
誕生日:
1960/10/31
職業:
真宗関係
趣味:
音楽・映画・地図を眺める
忍者ブログ [PR]