世界の光・親鸞聖人の教えを世界に!
夢は大きく、現状には厳しい目を!
今日は、彼岸の中日。
彼岸とは、此岸に対する言葉。
此岸が娑婆世界、彼岸とは弥陀の極楽浄土。
「これより西のほう、十万億の仏土をすぎて世界あり。
名づけて極楽という。その国に仏まします。阿弥陀と号す。
今現にましまして、説法したもう」(阿弥陀経)
その西方も西方、真西に太陽が沈むのが、この日だから
「彼岸」という。
当然ながら、春と秋、二回あるので、今日は「秋の彼岸」となる。
ただ単に「お墓参りの日」とすませずに、
彼の岸に、今現にましまして説法したもう、
本師本仏の阿弥陀如来に思いをはせ、
弥陀の本願を聞かせていただく、勝縁とさせて頂きましょう。
彼岸とは、此岸に対する言葉。
此岸が娑婆世界、彼岸とは弥陀の極楽浄土。
「これより西のほう、十万億の仏土をすぎて世界あり。
名づけて極楽という。その国に仏まします。阿弥陀と号す。
今現にましまして、説法したもう」(阿弥陀経)
その西方も西方、真西に太陽が沈むのが、この日だから
「彼岸」という。
当然ながら、春と秋、二回あるので、今日は「秋の彼岸」となる。
ただ単に「お墓参りの日」とすませずに、
彼の岸に、今現にましまして説法したもう、
本師本仏の阿弥陀如来に思いをはせ、
弥陀の本願を聞かせていただく、勝縁とさせて頂きましょう。
PR
東西本願寺はじめ、真宗十派で行われている
親鸞聖人750回忌法要は、惨憺たる状況らしい。
4~6月、西本願寺の法要への参拝者は、13万人。(本派発表)
「大震災もありましたから」とのことだが、
50年前、700回忌のときは、それどころではない
太平洋戦争の敗戦直後の大混乱期
それでも、100万人の参拝者があったのに。
勤行中心で、参拝者に語りかける法話、講演、などが少なすぎる
という指摘がある。
白洲での布教はあっても、それよりもやはり御堂で、でしょう。
一部、聞こえてくるのは、真宗の自殺的行為である。
いわく、「午前は本山に参拝し、昼からは比叡山延暦寺へ行った」
いわく、「本山参拝を済ませて、清水寺へお参りした」
これでよいのか?
「一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり」
「一心一向に弥陀に帰命せよ」
両聖人の仰せを、どう拝するのか。
危機感を感じてか、先日、朝日新聞の一つの面を全部使って
総長が、 どうか参拝してください! と訴えた。
あの広告費だけでも、莫大であろう。
東には、すでに、広告を出す余裕もないのだろう。
東西本願寺はじめ真宗十派、これからどうなるのだろう。
すでに中外日報も報じたように、
本願寺派の門主が、「あと50年もつかどうか、分からない」と
信じられぬ発言をした。
50年・・・・いや、もっと早い、かも知れない。
親鸞聖人750回忌法要は、惨憺たる状況らしい。
4~6月、西本願寺の法要への参拝者は、13万人。(本派発表)
「大震災もありましたから」とのことだが、
50年前、700回忌のときは、それどころではない
太平洋戦争の敗戦直後の大混乱期
それでも、100万人の参拝者があったのに。
勤行中心で、参拝者に語りかける法話、講演、などが少なすぎる
という指摘がある。
白洲での布教はあっても、それよりもやはり御堂で、でしょう。
一部、聞こえてくるのは、真宗の自殺的行為である。
いわく、「午前は本山に参拝し、昼からは比叡山延暦寺へ行った」
いわく、「本山参拝を済ませて、清水寺へお参りした」
これでよいのか?
「一向専念の義は、往生の肝腑、自宗の骨目なり」
「一心一向に弥陀に帰命せよ」
両聖人の仰せを、どう拝するのか。
危機感を感じてか、先日、朝日新聞の一つの面を全部使って
総長が、 どうか参拝してください! と訴えた。
あの広告費だけでも、莫大であろう。
東には、すでに、広告を出す余裕もないのだろう。
東西本願寺はじめ真宗十派、これからどうなるのだろう。
すでに中外日報も報じたように、
本願寺派の門主が、「あと50年もつかどうか、分からない」と
信じられぬ発言をした。
50年・・・・いや、もっと早い、かも知れない。
ラジオ法話「みほとけとともに ~西本願寺の時間~」は
現在、全国23局に減ってはおりますが、放送は続いてい
ます。とはいえ、最近「難しくなった」「いよいよ判らん」
という声を聞きます。
というのも、この4月から、親鸞聖人のご和讃を通して、
話をしているのですが、とても10分ほどで話し尽くせる
ものではないのに、無理して詰め込んでいる感じですね。
以前のように、一般の門徒さんが出てきて、ほとんど仏法
とは関係のない、各自の味わいばかり聞かされる、という
のもたまりませんが、教学伝道研究センターのお歴々が
出てきて、難しい話ばかりというのも、リスナーが離れて
いくばかりでしょう。
「皆さんに、わかってもらいたい」という熱情が、まず
大事なことではないでしょうか。
現在、全国23局に減ってはおりますが、放送は続いてい
ます。とはいえ、最近「難しくなった」「いよいよ判らん」
という声を聞きます。
というのも、この4月から、親鸞聖人のご和讃を通して、
話をしているのですが、とても10分ほどで話し尽くせる
ものではないのに、無理して詰め込んでいる感じですね。
以前のように、一般の門徒さんが出てきて、ほとんど仏法
とは関係のない、各自の味わいばかり聞かされる、という
のもたまりませんが、教学伝道研究センターのお歴々が
出てきて、難しい話ばかりというのも、リスナーが離れて
いくばかりでしょう。
「皆さんに、わかってもらいたい」という熱情が、まず
大事なことではないでしょうか。