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世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
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新聞に、紹介されていました。

「被災地には、『カウンセリング』と称して、新興宗教の団体が入り込み、

 被災者の悩みを聞きながら、徐々に、信仰に引き込もうとする動きがある。

 しかし、いわゆるカウンセラーとの見分けもつきにくいし、信仰で悩みを

 救われたい、という人もいるので、憲法の「信教の自由」からも、なかな

 か規制できないでいる」

 喉の渇いた人は、泥水でも飲まずにおれません。

 そんな人に、泥水飲むな、と言うよりも、きれいな清水をふんだんに与え

ることが大切です。

 大震災の苦難をも乗り越えて、生きるのはなぜか。

 この真実を明らかにされたのは、世界の光・親鸞聖人しかおられません。

 その祖師のみ教えをお伝えすることこそ、真の救援ではないでしょうか。

 微力ではありますが、私もその道を進ませて頂いております。
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西本願寺が「第13回 全国布教使大会」を開きます。

今回のテーマのひとつに、

「布教使・住職が一体となって参詣者の聞法意欲を引き出し、

 法座開催につながるような積極的な方策を提案できないか」

ということが挙げられています。

 しかし、「聞法意欲を引き出す」と言うことは、即ち現在は

聞法意欲が無い、ということの表明です。

 なぜ、聞こうという意欲が無いか。

 なぜ、仏法を聞かねばならぬのか、分からないからです。

 法を聞いても、聞かなくても、全員が、死ねば浄土に往生

できると説いていては、「じゃあ、聞かない」となってしまう

のは、当然です。

 法を聞いても、聞かなくても、この世で救われることがない

というのでは、やはり「聞かなくていいだろう」と考えるのは

致し方ありません。


 では、なぜ法を聞かねばならぬのか。

 親鸞聖人は仰せです。

「ひとえに往生極楽の道を、問い聞かんがためなり」(歎異抄)

 また、蓮如上人も、教えられています。

「そもそも毎月両度の寄合の由来は、なにのためぞというに、

 さらに他のことにあらず。自身の往生極楽の、信心獲得の

 ためなりがゆえなり」(御文章)

 そして、その信心獲得について、

「この信心を獲得せずは、極楽には往生せずして、無間地獄

 に堕在すべきものなり」(御文章)

と、ハッキリ教えられています。

 無間地獄に堕つる一大事を解決し、いつ死んでも極楽往生

間違いなし、という身になるために、法を聞かねばならない

のです。

 今日、いずこの寺で、この親鸞・蓮如両聖人のご教導が

伝えられていることでしょう。

 聞法意欲が出てこないのは、当たり前です。







友人が750回忌に行ってきました。
延々と勤行が続き、もちろんそれは聖人のお言葉ですが
法話といえるようなものはなく
ご門首が5分ほど、書面を読み上げただけで
参拝者の多くが「もう来ない」と帰りのバスで語っていたそうです。

そうそう、午後には京都市美術館で、親鸞聖人展を見に行ったそうですが
「これなら、他のところで見ましたよ」というご門徒もありました。
となれば、じゃあ、京都まで行った意味はなかったということになります。

「仏法は聴聞に極まる」
一番大切な説法が、中心となるべきなのに、これでは・・・。

友人は、残念そうに語っていました。

今日も午後、あるお宅に法話に伺います。一生懸命伝えてきます。
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