世界の光・親鸞聖人の教えを世界に!
夢は大きく、現状には厳しい目を!
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さて、一段落しましたので、テレビ「エチカの鏡」もしも
見逃した人があればと思い、そこで紹介された「住職への道」
ふりかえってみましょう。
まず、脇本さんは、お父様の期待もあって、早稲田受験に
挑戦しましたが3度失敗、しかたなく、身の丈にあった大学
(が、何処かは、出ていませんでしたが)に入学します。
ところが、現役ばかりの中に、自分だけ2浪、溶け込めない
孤独感から、段々と引きこもるようになっていきました。当時、
自宅の自室には、親御さんさえ、自由に入れないようにして
いたのでした。
だけど、このままじゃいけない、何とかしなければと思い、
ふと手にしたのが「歎異抄」でした。脇本さんは、そこで、
「善人なおもって 往生をとぐ。いわんや悪人をや」
という第三章の有名なお言葉に触れて、感動したのでした。
人間はきれいな心ばかりじゃない、悪い心も持っている、その
ままで阿弥陀様は助けてくだされる、そうか、このままでいい
んだ、というところに感激して、小さい頃からなりたいと思って
いた「お寺の住職」になりたい、と、決心したのでした。
もちろん、親鸞聖人のひらかれた浄土真宗の住職を目指します。
まずは、2年間、中央仏教学院で学び、僧侶の資格をとります。
その後、住職になるために、人の心を打つ法話がきちんとできる
かどうか、試験を受け、見事、合格したのです。
とはいえ、そこからがまた大変で、寺はないから、どこかで
探さなければなりません。本願寺派では、一つの区域に寺は一つ
と決まっているので、脇本さんは、千葉県習志野市に行くように
言われます。そこで、お寺として使えるような物件を探したら、
家賃8万円台の民家が見つかり、「家賃が払えるのはここくらい
しかなかったので」と、お寺にすることに決めました。
さて、そこは普通の民家ですから、仏具も何もありません。
しかし、買い揃えるには、1000万円ほどかかるので、どこか
で入手できないかと探したところ、広島でお寺が合併すると聞き、
そこの仏具を譲ってもらったのでした。映像では、かなり立派な
仏具でした。
さあ、その後のお寺の運営は厳しく、もちろん門徒はゼロ!
毎月40万円の維持費がかかると告白していました。(この
ような金額を、ハッキリ公言したのは、極めて珍しいのでは?)
その40万は、近くのお寺の葬式等を手伝ったり(いわゆる、
準導師とか、三番導師とかね)、本山西本願寺からの援助にて
まかなっている、という、これも内情を切々と訴えるものでした。
月に一度の法話会(私、これは少ないと思いますよ!もっと、
頑張らなきゃ)の日の様子を、カメラは追っていました。
結局、参詣者は、ゼロ。奥さんと二人で、おつとめをし、奥さん
一人に、語りかける、法話会となったのでした。
私の知る多くの布教使が、ポスターを貼ったり、チラシを配ったり、
戸別訪問で法話会の案内に回ったりして、必死で、どうか仏法を聞いて
もらいたいと、走り回って活動しています。
かの吉田拓郎や、井上陽水も、無名の頃は、自分で会場準備を
したり、宣伝に回ったり、駅前でチケット売ったりして、苦労して
やっていました。ミュージシャンたちでさえ、それくらいやって
いるのです。
まして、無上の妙法をお伝えせんとする者、町中を走り回って、
一軒一軒のドアを叩き、一人一人に、情熱いっぱいでお伝えして
当然ではないでしょうか。辻説法さえ、宗祖はなされて、この法を
届けて下されたのです。
その親鸞聖人のお徳に生かされた私たちが、じっと自坊で待って
いるだけで、よいでしょうか。
自室に引きこもっていたのが、今度は寺にひきこもっただけでは、
何をかいわんやです。
「なぜ、今の僧侶は、
親鸞聖人や蓮如上人のように、布教に歩かないのか」
国民的作家の吉川英治氏は、「折々の記」に書いています。
聖人を慕う氏の、厳しくも暖かい励ましに、私たちは奮起して、
布教戦線に立たねばならないと思います。
見逃した人があればと思い、そこで紹介された「住職への道」
ふりかえってみましょう。
まず、脇本さんは、お父様の期待もあって、早稲田受験に
挑戦しましたが3度失敗、しかたなく、身の丈にあった大学
(が、何処かは、出ていませんでしたが)に入学します。
ところが、現役ばかりの中に、自分だけ2浪、溶け込めない
孤独感から、段々と引きこもるようになっていきました。当時、
自宅の自室には、親御さんさえ、自由に入れないようにして
いたのでした。
だけど、このままじゃいけない、何とかしなければと思い、
ふと手にしたのが「歎異抄」でした。脇本さんは、そこで、
「善人なおもって 往生をとぐ。いわんや悪人をや」
という第三章の有名なお言葉に触れて、感動したのでした。
人間はきれいな心ばかりじゃない、悪い心も持っている、その
ままで阿弥陀様は助けてくだされる、そうか、このままでいい
んだ、というところに感激して、小さい頃からなりたいと思って
いた「お寺の住職」になりたい、と、決心したのでした。
もちろん、親鸞聖人のひらかれた浄土真宗の住職を目指します。
まずは、2年間、中央仏教学院で学び、僧侶の資格をとります。
その後、住職になるために、人の心を打つ法話がきちんとできる
かどうか、試験を受け、見事、合格したのです。
とはいえ、そこからがまた大変で、寺はないから、どこかで
探さなければなりません。本願寺派では、一つの区域に寺は一つ
と決まっているので、脇本さんは、千葉県習志野市に行くように
言われます。そこで、お寺として使えるような物件を探したら、
家賃8万円台の民家が見つかり、「家賃が払えるのはここくらい
しかなかったので」と、お寺にすることに決めました。
さて、そこは普通の民家ですから、仏具も何もありません。
しかし、買い揃えるには、1000万円ほどかかるので、どこか
で入手できないかと探したところ、広島でお寺が合併すると聞き、
そこの仏具を譲ってもらったのでした。映像では、かなり立派な
仏具でした。
さあ、その後のお寺の運営は厳しく、もちろん門徒はゼロ!
毎月40万円の維持費がかかると告白していました。(この
ような金額を、ハッキリ公言したのは、極めて珍しいのでは?)
その40万は、近くのお寺の葬式等を手伝ったり(いわゆる、
準導師とか、三番導師とかね)、本山西本願寺からの援助にて
まかなっている、という、これも内情を切々と訴えるものでした。
月に一度の法話会(私、これは少ないと思いますよ!もっと、
頑張らなきゃ)の日の様子を、カメラは追っていました。
結局、参詣者は、ゼロ。奥さんと二人で、おつとめをし、奥さん
一人に、語りかける、法話会となったのでした。
私の知る多くの布教使が、ポスターを貼ったり、チラシを配ったり、
戸別訪問で法話会の案内に回ったりして、必死で、どうか仏法を聞いて
もらいたいと、走り回って活動しています。
かの吉田拓郎や、井上陽水も、無名の頃は、自分で会場準備を
したり、宣伝に回ったり、駅前でチケット売ったりして、苦労して
やっていました。ミュージシャンたちでさえ、それくらいやって
いるのです。
まして、無上の妙法をお伝えせんとする者、町中を走り回って、
一軒一軒のドアを叩き、一人一人に、情熱いっぱいでお伝えして
当然ではないでしょうか。辻説法さえ、宗祖はなされて、この法を
届けて下されたのです。
その親鸞聖人のお徳に生かされた私たちが、じっと自坊で待って
いるだけで、よいでしょうか。
自室に引きこもっていたのが、今度は寺にひきこもっただけでは、
何をかいわんやです。
「なぜ、今の僧侶は、
親鸞聖人や蓮如上人のように、布教に歩かないのか」
国民的作家の吉川英治氏は、「折々の記」に書いています。
聖人を慕う氏の、厳しくも暖かい励ましに、私たちは奮起して、
布教戦線に立たねばならないと思います。
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今日も
自分ができていないことを、人にせよと言うのは、無責任というものでしょう。
私自身も、布教に回っております。
23日(土)も、午前に一座、午後に一座、親鸞聖人の「末灯抄」の
「善知識・同行には親しみ近づけ」
のお言葉を通して、話をしてきました。
仏法の「因縁果の道理」から説き起こし、悪い縁を遠ざけ、
善い縁に近づくことの大切さ、善知識とはいかなる方のことか、
同行とは、ということなど、お話しさせていただきました。
終了後も、参詣された方との質疑応答の時間を設けました。
ある70代の奥さんは、
「一向専念無量寿仏と教えていただきますが、孫の七五三の宮参り
などは、どのように考えればよいでしょうか」など、実生活に
即した、真剣な質問に、精一杯お答えさせて頂きました。
そのほか、戸別訪問とか、チラシ配り、などなど、自分でも当然
やっていることですが、「私がやっています」と書くと、いかにも
自慢話で、鼻持ちならないじゃないですか。
だから、友人のこととして書いたのです。
一般常識のある読者なら、そういうこともよく理解したうえで、
あの文章を読まれるでしょうから、「ああ、こいつは、自分でも
やっているけど、あえてそういう書き方をしたんだな」と分かって
いただけたと思います。
しかし、そこらへんの人情の機微が分からぬ人は、「なんじゃ、
他人のことばかり書いて、お前はやっとるのか!?」と、質問をして
来られるので、仕方なく、「私もやっていますよ」と、本来は書きたく
ないけど、書かせていただきました。
今度は、ご理解いただけたでしょうか。
私自身も、布教に回っております。
23日(土)も、午前に一座、午後に一座、親鸞聖人の「末灯抄」の
「善知識・同行には親しみ近づけ」
のお言葉を通して、話をしてきました。
仏法の「因縁果の道理」から説き起こし、悪い縁を遠ざけ、
善い縁に近づくことの大切さ、善知識とはいかなる方のことか、
同行とは、ということなど、お話しさせていただきました。
終了後も、参詣された方との質疑応答の時間を設けました。
ある70代の奥さんは、
「一向専念無量寿仏と教えていただきますが、孫の七五三の宮参り
などは、どのように考えればよいでしょうか」など、実生活に
即した、真剣な質問に、精一杯お答えさせて頂きました。
そのほか、戸別訪問とか、チラシ配り、などなど、自分でも当然
やっていることですが、「私がやっています」と書くと、いかにも
自慢話で、鼻持ちならないじゃないですか。
だから、友人のこととして書いたのです。
一般常識のある読者なら、そういうこともよく理解したうえで、
あの文章を読まれるでしょうから、「ああ、こいつは、自分でも
やっているけど、あえてそういう書き方をしたんだな」と分かって
いただけたと思います。
しかし、そこらへんの人情の機微が分からぬ人は、「なんじゃ、
他人のことばかり書いて、お前はやっとるのか!?」と、質問をして
来られるので、仕方なく、「私もやっていますよ」と、本来は書きたく
ないけど、書かせていただきました。
今度は、ご理解いただけたでしょうか。