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世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
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今朝の中日新聞に、「親鸞展」の全面広告が掲載されていました。

主催は中日新聞、展示物は、本願寺が提供するようです。

しかし、その説明を読んで、ビックリ!

「阿弥陀如来立像」があり、まあそれは仕方ないにしても、

この説明文は、大問題であります!

「本願寺の渉成園内、園林堂の本尊。

 手の形は臨終の際、迎えにやってくる
 
 ことを示す『来迎印』である」

トンでもない話です。

 浄土真宗は、平生業成、往生の業事は、平生に成就するので、

臨終の来迎を待ち望むことなどない。ゆえに「不来迎」の教えである。

 親鸞聖人『末灯抄』に、

「来迎は諸行往生にあり。真實信心の行人は、摂取不捨のゆえに、

 正定聚に住す。正定聚に住するがゆえに、かならず滅度にいたる。

 かるがゆえに臨終まつことなし。来迎たのむことなし」(末燈鈔意)

とハッキリ仰せです。また蓮如上人も、

「不来迎のことも、「一念発起住正定聚」と沙汰せられそうろう

 ときは、さらに来迎を期しそうろうべきこともなきなり。その

 ゆえは、来迎を期するなんどもうすことは、諸行の機にとりて

 のことなり。真實信心の行者は、一念発起するところにて、や

 がて摂取不捨の光益にあずかるときは、来迎までもなきなりと

 しらるるなり。」(1帖4通)

と明言されています。

 にもかかわらず、「来迎」などと、よくも言ったものです。

 これは、ただちに訂正さるべきと思いますが。
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