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世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
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本願寺出版社の「月間ランキング」を見ていると、ここのところ
必ず上位にきているのが、「千の風」です。
昨年の紅白で歌われて、一気に知られるようになり、NHKも、
特集を組んだほどの、いわば社会現象となりました。

人は死んでも、墓の下にいるのではない。だから、墓の前で泣かないで。
千の風になって、吹き渡っていますよ。
光になって、あなたを照らしていますよ。
星になって、あなたを見守っていますよ。
鳥になって、あなたを目覚めさせますよ。
・・・・・というような歌詞なのですが、

たしかに、これで癒されるとか、心が安らぐと言う人もあるでしょう。
しかし、我が宗門として、これを喧伝するのは、どうなのか。
宗祖親鸞聖人の教えられたことに、反してはいないのか。

亡くなった人が、風になり、星になり、光になっていうというのは、
宗祖の教えなのか。
 死は、そして後生は、恐れることも、悩むことも、要らないのか。
もしそうならば、教行信証に、
「ひとたび人身を失いぬれば 万劫にもかえらず」
「もしまたこのたび疑網に覆蔽せられなば かえりてまた昿劫を経歴せん」
と手に汗握ってご教導くだされたのはどうなるのか。
また、蓮如上人も、
「いのちのうちに不審もとくとく晴れられ候わでは
 定めて後悔のみにて候わんずるぞ」
とおっしゃったのは、なぜか。

 これでは、「後生の一大事」とその解決を教えられた仏法を、
まったく崩壊させてしまうことにならないでしょうか。

 人集め、金集めのために、時流に乗っかっていこう、とする迎合路線も
ほどほどにしないと、宗門の崩壊を早めるだけではないでしょうか。

「後生の一大事」があり、その救われる道は、弥陀の本願しかない。
ゆえに、その本願を明らかにする「本願寺」の存在意義があるのですから。

 一大事も説かず、本願も説かず、それじゃ、我が宗は、何なのでしょうか。
 ランキング上位に入ったことを、本願寺出版社は、誇らしげに掲載してますが、
ちょっと待ってよ、と言いたいところですね。

ちょっとは、ここで勉強してくださいよ。
1から分かる浄土真宗
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