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世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
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 季節の一枚、これは岩国の錦帯橋の桜です。送ってくださった
Hさん、有り難うございます。

錦帯橋の桜


さて「倶会一処」と題して、高田篤敬氏(岐阜県蓮教寺・本願寺派布教使)
のラジオ法話が、ネットに掲載されました。

 三番目のお子さんを亡くされた体験をお話しになっていて、同じく
子供を亡くした経験のある者として、深く心に響きました。会者定離
の世の中とはいえ、どんなにこそ、つらく悲しく、苦しまれたことか
と拝察します。
 
 そこで、阿弥陀経の「倶会一処」という言葉が引用されてくるので
すが、その部分は、このように言われています。

「お浄土は、ともに一つ処に会う、倶会一処の世界であることが
 示されています。私はこの言葉をこれまで「また会える世界が
 あるからね」「またお浄土で会いましょうね」と考えてしまって
 いたように思います。しかし、もしそうなら「だから今は別れの
 悲しみを我慢しようね」という意味になってしまいます。そして、
 「もし耐えられないほど悲しみが大きければ、この命を絶って今
 すぐ会いに行きたい」となてしまいます。
  長男の言葉は、私に、仏様の国『お浄土』のはたらきをも教え
 てくれました。私たちには見えないけれども、今もお浄土から
 はたらき続け、声をかけ続けてくれているんだよ。今、まさに
 出会っているんだよ、と」

 さて、ここで最も大事なことは、「ともに一処に会える世界」で
あることは間違いないのですが、誰でも死ねばお浄土へ往けるのか
ということです。
 往ける人と、往けない人があれば、会いたくても、一処に会うこ
とはできないからです。
 
 それについて、親鸞聖人は、どう仰せか。
 そこを明らかにしてこそ、宗祖のみ教えをお伝えすることになる
でしょう。
 高田氏の、次回の法話に、期待したいと思います。
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