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世界の光・親鸞聖人の教えを世界に! 夢は大きく、現状には厳しい目を!
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 宗門の貴公子さんが書いてくださった「布教研究専従職員」ですが、
そういえば、最近の本願寺新報にも、法話のページで、ときどきこの
肩書きを目にしました。

 たとえば、4月10日号に掲載されたのが、本山布教研究専従職員
の名和康成氏の「ごまかしのない生」です。

 全文はこちらをご覧ください。

 なるほど、宗門の貴公子さんが言われていたように、物足りないと
いうか、ハッキリ言えば、
「何が言いたいのか、ハッキリしない」のです。

 たとえば、この全文を読んでも、
「じゃあ、私は、死んで弥陀の浄土に往生できるのですか。
 できないのですか」
という問いに、少しも答えていない。
 
 名和氏のこれまでの思想経歴は分かりました。
 お念仏喜んだ、おばあさんの話は分かりました。
 親鸞聖人の御和讃も、拝読しました。
 そこに宗祖は「願土にいたればすみやかに」こうなる、ということは
詳しくご教示くださいましたが、では、かんじんの願土に、私は往ける
のですか、どうですか。

 先に、吉村隆真師も書いておられたように、放送や掲載の前には、
必ずご本山のチェックが入るのですから、ここらちゃんとチェックして
くれたんでしょうか。

 いや、もしかしたら、チェックしたから、こんなふうになったのか。
 ああ、なんか、そんな気もしてきましたね。
 若き熱意に燃える布教専従員の文章を、よくいえば老練な、悪く言えば
老獪な、どこからも突っ付かれないようにと、保身のみを考える検閲係が
削りに削って、骨抜きにしちゃったのかも知れませんね。

 だって、最後の一文、
「死という現実から目をそらすという「ごまかし」を抱えたまま
 生きていた私に、「ごまかしのない生(せい)」を与えてくだ
 さる、そんな阿弥陀さまのお慈悲の中に、今、私は生かされて
 います。」
これって、日本語として、意味、分かります?
 これこそ、むしろ、「ごまかし」た文章ではありませんか。

 すみませんね、毎度、言いたい放題、言ってます。
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